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東京高等裁判所 平成4年(行コ)2号 判決

控訴人(被告) 新宿税務署長

被控訴人(原告) 井坂紀子

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

なお、被控訴人は、昭和五八年分の所得税に関する部分について、「昭和五八年分の所得税の更正のうち総所得金額で二八五万〇四〇四円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定を取消す。」と請求を減縮した。

第二当事者の主張

次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

原判決三丁裏六行目の「二八四万五七四四円」を「二八五万〇四〇四円」と、同六丁裏五行目の「原告に」を「原告が」と各改め、同七丁表四行目の「道又係官が」の次に「同年七月二四日被控訴人のもとを訪れたこと、被控訴人が同年八月七日に調査を行うことに同意したこと、道又係官が同日」を加え、同八丁裏四行目及び同九丁表八行目の「二五〇万〇四一四円」をいずれも「二五〇万〇四五四円」と、同一〇丁表六行目の「四四二万八八九六円」を「四四二万四二三六円」と、同丁裏一行目のの「一二五万二〇八〇円」を「一二四万七四二〇円」と、同八行目の「二八五万一三八四円」を「二八五万六〇四四円」と各改める。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因事実は全部当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各更正及び本件各決定の適否について判断する。

1  推計課税の必要性について

(一)  前記争いのない事実に、証拠(乙第一一ないし第一三号証、証人道又修二の証言、被控訴人の本人尋問の結果(原審第一回)及び弁論の全趣旨)を合わせれば、次の事実が認められる。

(1) 被控訴人は、昭和五五年九月ころからアクト企画という名称で写真植字業を営み、その所得税については新宿税務署(昭和六二年七月一日までは淀橋税務署、以下同じ。)に白色申告をしている者である。

(2) 新宿税務署の真島統括国税調査官は、被控訴人から提出された所得税の確定申告書には、〈1〉昭和五八年分について「所得金額」欄に数額の記載がなされているだけで、「収入金額」及び「必要経費」欄に数額の記載がなかったこと、〈2〉昭和五六年分から昭和五八年分のいずれの年分のものについても収支明細書の添付がなかったこと、〈3〉右いずれの年分の申告所得金額も一般の業況等に照らして過少ではないかとの疑いがあったこと、〈4〉開業以来税務調査を行っていなかったことなどからして、本件係争各年分の申告所得金額の適否について調査する必要があると認め、道又国税調査官(以下「道又係官」という。)に調査を命じた。

なお、右調査については、前任者として花田調査官が担当していたが、被控訴人から延期を求められたりなどしたため、調査は進展していなかった。

(3) 道又係官は、昭和五九年七月二四日事前の通知なしに前記調査のため被控訴人の事業所を訪れ、税務調査に来た旨を告げたところ、被控訴人から「民主商工会の人に相談して、調査の日を決める。八月にして欲しい。」と言われたため、調査ができないまま右事務所を辞去した。

その後、被控訴人から調査の日時等について何らの連絡もなかったため、道又係官は、同月三〇日事前の通知なしに、調査の日時を打合せるため、被控訴人の事業所を訪れ、同年八月七日午後一時から調査を行うことに合意した。

(4) 道又係官は、昭和五九年八月七日午後一時ころ被控訴人の事業所を訪れたところ、被控訴人のほかに民主商工会の会員七名位が同席していた。そこで、道又係官は、被控訴人に対し、調査に関係のない第三者をその場から退去させるよう要求したが、被控訴人がこれに応じなかったため、同人らの退去を求めることを断念し、調査をすすめるために、被控訴人に帳簿等の提示を求めた。これに対し、被控訴人は、道又係官に対し、調査理由の開示を求め、同係官から申告された所得金額の確認のためと繰り返し説明されたが納得せず、執拗に調査の具体的理由の開示を求め続けて、帳簿等の提示に応じようとはしなかった。

そこで、道又係官は、右のような状況のもとでは、調査をすることは不可能であると判断し、被控訴人に対し、調査に協力してもらえないので今後は独自の調査をせざるを得ない旨告げて、その場を辞去した。

(5) 道又係官は、被控訴人が今後も調査に協力する可能性は少ないものと判断し、右調査から一週間位経過後に、被控訴人の取引銀行の平和相互銀行新宿支店や取引先への反面調査を開始した。これに対し、被控訴人は、昭和五九年八月二〇日と同月二二日の二回にわたり、電話で右反面調査は違法であると抗議してきたので、道又係官は、調査に協力しない以上、独自に調査するほかはない旨返答した。しかし、これに対し、被控訴人は、調査に協力するような態度を全く示さなかった。

(6) 道又係官は、再度調査への協力を要請するため、昭和五九年八月二三日被控訴人の事業所を訪れたが、被控訴人は不在であった。また、同係官は、同様の目的で、同月二七日被控訴人に対し電話をしたところ、被控訴人は、本人の承諾なしに反面調査をするな、法的根拠があるのかなどと抗議するのみで、調査に対する非協力的態度を崩さなかった。

右認定の事実によれば、被控訴人は、道又係官が被控訴人の事業所を訪れ調査への協力を要請しているにもかかわらず、すぐにはこれに応じようとせず、また、調査に応じることを約束した同年八月七日には、執拗に調査の具体的理由の開示を求め続けて帳簿等の提示に応じず、また、その後も、反面調査に抗議するだけで、右のような態度を改めようとはしないなど調査に非協力的な態度をとり続けたものと認められ、右のような被控訴人の調査に対する非協力的な態度からすれば、同人の協力のもとにその所得金額を実額で把握することは困難であり、独自の調査(反面調査)による推計の方法によって被控訴人の本件係争各年度の所得金額を算出したことは相当であり、推計の必要性があったものというべきである。

(二)  これに対し、被控訴人は、本件調査について、事前通知や具体的な調査理由の開示がなされず、また、調査を一方的に打切り、直ちに取引先等に対する反面調査を強行した違法があると主張する。

しかしながら、所得税法二三四条による税務調査における質問検査の範囲・程度・時期・場所、調査の理由の開示の有無・程度、事前通知の有無等の実施の細目については法律上特段の定めがないから、これらについては、質問検査の必要があり、且つこれと相手方の私的利益との較量において社会通念上相当な程度に止まると認められる限り、権限を有する税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解されるところ、本件においては、前記のとおり、被控訴人は調査日時について民主商工会の人に相談して決めると言っておきながら、速やかにその日時を決めて連絡しないなど必ずしも誠実な対応をしなかったし、また、八月七日の調査については、予め双方で合意してその日を決めていること、本件調査を担当した道又係官は、被控訴人に対し、調査の理由は本件係争各年分の申告された所得金額の確認であることを繰り返し説明していること、道又係官は、被控訴人が、本件調査の具体的理由を明らかにするよう執拗に要求して帳簿等の提示に応じないため、被控訴人に対する質問調査によってはその所得金額を確認することができないと判断し、やむを得ず反面調査を実施したものであることからして、本件調査は社会通念上相当な程度に止まるものというべきである。

よって、本件調査に憲法三一条等に違背する違法はなく、右主張は理由がない。

2  推計課税の合理性について

(一)  控訴人は、被控訴人の売上金額をその取引先等に対する反面調査等によって把握した金額(昭和五六年分については一一三六万二二〇〇円、昭和五七年分については一二二一万七三八〇円、昭和五八年分については一三五一万二〇五〇円、この点については当事者間に争いがない。)として、右売上金額に同業者平均経費率を乗じて各売上原価等を算出し、右売上金額から右売上原価等及び支払家賃を控除して、本件係争各年分の所得金額を算出している。

(二)  そこで、控訴人の主張する右同業者平均経費率の算出方法の合理性の有無について判断する。

証拠(乙第一号証、第二号証の一ないし三、第三、第四号証の各一ないし六、第五ないし第七号証の各一ないし三、証人鳥越榮一、同福永俊明、同川村良夫、同奥山弘子、同坪井京子、同古平孝子の各証言及び弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

(1) 控訴人は、比準同業者として、被控訴人の納税地を管轄する新宿税務署とその近隣の五税務署(渋谷、四谷、中野、豊島、小石川の各税務署)の管内に事業所を有する被控訴人と同種の写真植字業を営む個人事業者のうち、〈1〉本件係争各年分において、青色申告の承認を受けている者で、その管内に事業所を有する者、〈2〉本件係争各年分の売上金額が、昭和五六年分については五六八万一〇〇〇円以上二二七二万四〇〇〇円以下、昭和五七年分については六一〇万八〇〇〇円以上二四四三万四〇〇〇円以下、昭和五八年分については六七五万六〇〇〇円以上二七〇二万四〇〇〇円以下の範囲内の者、〈3〉年を通じ写真植字業を継続して営んでいる者、〈4〉災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者、〈5〉税務署長から更正又は決定処分を受けている者のうち、当該処分について国税通則法、行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間が経過している者及び当該処分に対して不服申立がなされ、又は訴訟中でない者を抽出した。

(2) 右比準同業者の抽出にあたり、前記税務署の担当者は、各管内の納税者が提出した確定申告書に基づいて作成された業種別名簿(業種ごとに納税者の氏名、住所、青色申告と白色申告の区別等が記載されたもの)により、その他の印刷関連加工業者を、その中から青色申告者を、次にその内から確定申告書の職業欄の記載により写真植字業者を各選び出し、更に確定申告書等の記載に基づき前記基準に該当する者を選定する作業をした。

(3) 右抽出にあたり、前記基準に該当するものは全て機械的、正確に選び出されており、恣意が介入する余地はなかった。

右抽出件数は、昭和五六年分については四三件、昭和五七年分については五四件、昭和五八年分については五三件であり、その平均経費率は、昭和五六年分については五八・五〇パーセント(最大のものは七九・九三パーセント、最小のものは二八・八一パーセント)、昭和五七年分については五六・九一パーセント(最大のものは八二・九八パーセント、最小のものは二二・九七パーセント)、昭和五八年分については五七・五九パーセント(最大のものは八二・三五パーセント、最小のものは二二・七二パーセント)であった。

右認定の事実によれば、控訴人が設定した比準同業者の抽出基準は、前記のような業種の同一性、事業所の近隣性及び売上金額の近似性等からして、同業者の類似性を判別する要件としては一般的合理性を有しているし、右抽出基準に該当するものは全てが機械的、正確に抽出されている。また、比準同業者は、いずれも青色申告者であり、しかも経営状態が異常である者や更正等に対して不服申立をしている者を除外しているから、売上金額等の正確性がかなりな程度担保されているものということができるし、更には、その抽出件数も、昭和五六年分については四三件、昭和五七年分については五四件、昭和五八年分については五三件で、十分普遍性を有しているものと認められるから、本件係争各年分の同業者平均経費率算出の方法は合理性を有するものということができる。

(三)  これに対し、被控訴人は、写真植字業を営む者であるが、一般の写真植字業者が印刷会社等から依頼されて写植の仕事のみを行うにすぎないのと異なり、売上の約四〇パーセントを占める最大の得意先である東京農大生協からの仕事は写植のほかに印刷の仕事まで請負い、印刷と製版を外注に出すというもので、その売上のうちの六〇パーセントは外注費であって、一般の写真植字業者のそれとは全く異なっている。したがって、控訴人の主張する比準同業者の平均値である同業者平均経費率をそのまま被控訴人に適用することは許されないと主張している。

しかしながら、本件のような同業者平均経費率による推計の方法(いわゆる平均値による推計)の場合には、その特質からして、同業者に通常存在する程度の営業条件の差異は、その計算の過程において捨象されると考えてよいから、営業条件の差異が平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、推計の合理性を是認してよいと解することができる。したがって、被控訴人としては、その事情が、平均値を求める過程で捨象されてしまうような性質、程度のものでは足りず、同業者の平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものであることを主張・立証する必要があるというべきところ、被控訴人と同程度の規模の写真植字業者にも、前記のような比準同業者の経費率(前記のとおり、上は八二・九八パーセントから下は二二・七二パーセントまで存在し、その幅は広い。)からして、その経営形態には種々のものが存在するものと推認される(弁論の全趣旨、この点について、被控訴人は、自己が調査した範囲では、印刷まで請負っている写真植字業者はいなかった旨供述(原審第一回・当審)しているが、右供述をそのまま信用することはできない。)うえ、被控訴人の売上に印刷等の仕事によるものが含まれるとしても、少なくとも全体の売上額の六割が写真植字のみによるものであることからすると、被控訴人主張のような右事情は、前記推計を不合理ならしめる程度のものとまでは認めることはできない。

よって、右主張は理由がない。

3  本件各更正及び本件各決定の適法性について

(一)  証拠(甲第五〇号証の一、乙第二四号証、第三二ないし第三四号証の各一、二、被控訴人の本人尋問の結果(原審第一回・当審)及び弁論の全趣旨)によれば、被控訴人は、昭和五五年六月一七日新宿区西新宿三丁目のライオンズマンション西新宿四一二号室(以下「本件マンション」という。)を居住の目的で借受ける契約を締結し、同月三〇日同所に住民票を移したこと、本件マンションは居住用の間取り及び設備を有しているところ、被控訴人は、右マンションに写植機や机等の写真植字業に必要な機械等のほかに、布団や箪笥等の生活必需品も運び込み、同年七月一日から昭和五九年六月まで右マンションを自宅兼事業所として使用していたこと、被控訴人は、姉の武田静江(以下「武田」という。)が昭和五四年一二月一一日婚姻し、本件マンションから徒歩で一〇分位のところにある夫の勤務する会社の社宅に住んでいたことから、しばしば同人宅を訪れ、夕食を共にしたり、たまに宿泊させてもらうこともあったが、殆どは右マンションで寝泊まりしていたこと、控訴人と被控訴人の双方が本件係争各年分の経費として主張する家賃は本件マンションの賃料であるところ、その各年分の支払家賃の総額は、昭和五六年分については九〇万六〇〇〇円、昭和五七年分については一〇六万二六〇〇円、昭和五八年分については一〇二万六四〇〇円であること(支払家賃の総額については、当事者間に争いがない。)が認められる。

被控訴人は、通常本件マンションで寝泊まりすることはなく、生活の本拠を武田宅としており、仕事で遅くなったとき等(一週間に二回程度)に右マンションで仮眠することがある程度であったと主張し、これに沿う証拠(甲第二七、第五五号証、被控訴人の本人尋問の結果(原審第一回・当審))も存在するが、右武田宅は、六畳、四畳半の二部屋とダイニングキッチンだけの狭いものであること(乙第二四号証)などに照らして、右供述等をそのまま信用することはできない。

右認定の事実によれば、本件マンションの事業使用割合は五〇パーセントと認めるのが相当である。

したがって、被控訴人の事業の経費として支出された右家賃の額は、昭和五六年分については四五万三〇〇〇円、昭和五七年分については五三万一三〇〇円、昭和五八年分については五一万三二〇〇円となる。

(二)  本件係争各年分の被控訴人の前記売上金額から、これに前記同業者平均経費率を乗じて算出した売上原価等(昭和五六年分については六六四万六八八七円、昭和五七年分については六九五万二九一一円、昭和五八年分については七七八万一五九〇円)と右認定の家賃を控除した額が本件各更正に係る所得金額を上回るから、本件各更正及び右所得金額を基に賦課された本件各決定は、被控訴人において、これが真実の課税標準額及び税額と異なることを主張・立証しない限り、適法ということになる。

三  次に実額反証について判断する。

1  推計課税と実額反証

(一)  控訴人は、前記のとおり、反面調査等で把握した売上金額を前提として、右売上金額から、これに同業者平均経費率を乗じて算出した売上原価等と支払家賃を控除して得られた額を所得額と主張(所謂推計課税)しているのに対し、被控訴人は、控訴人の売上金額の主張をそのまま認めたうえ、右売上金額から、帳簿や領収書等によって計算した経費を控除した額を所得額と主張(実額反証)している。

ところで、推計課税がなされた場合には、課税庁が反面調査等によって把握し得る売上金額の範囲には自ずと限界があり、実際には納税者の売上金額に相当の捕捉漏れがあることも十分予測され、課税庁の主張する売上金額は、推計の合理性を基礎づける事実として、あくまでもその額を下らない売上金額があったというものにすぎないから、実際の売上金額に合致するとは限らない。したがって、仮に納税者が経費の実額を立証したとしても、課税庁主張の売上金額がその全てであることをも立証しない限り、真実の所得額が推計による所得額よりも過少であることを立証したことにはならないというべきである。そうすると、被控訴人において、真実の所得額が推計の結果を下回る旨主張し、売上原価等の必要経費の実額をもって控訴人の推計額を争うためには、経費についての実額の主張・立証のみでは足りず、売上金額についてもその全てを実額をもって主張・立証する必要があるものと解するのが相当である。右のように解しても、控訴人に推計課税の方法を採らせたのは、前記のような被控訴人の調査への非協力によるものであるうえ、課税標準である所得を算定する要素である売上金額及び必要経費は、納税者である被控訴人の支配領域内で起こる事柄であって、それらの具体的内容は、被控訴人の最もよく知るところであり、この点についての主張・立証は容易であると考えられるから、被控訴人に過酷な負担を課すものということはできない。

(二)  この点について、控訴人は、本件調査の段階で被控訴人自らが実額課税不能の状況を作り出しておきながら、本訴において実額による所得の主張をすること自体が、時機に後れたものとして、あるいは、信義に反するものとして許されないと主張している。

なるほど、前記のとおり、控訴人に推計課税の方法を採らせたのは、被控訴人の調査への非協力によるものであるというべきであるけれども、他に特段の事情もないのに、右事由のみから、直ちに、更正処分等取消訴訟において、実額の主張をすることが、時機に後れたものとして、あるいは信義に反するものとして許されないとすることは相当ではない。

よって、右主張は理由がない。

2  事業に関する帳簿の作成及び領収書の保存状況についての被控訴人の供述の信用性について

被控訴人は、当審において平成五年七月二三日文書提出命令が発せられるまで、事業に関する帳簿の作成及び領収書等の保存状況について、「自ら事業に関する経理を処理していた。そして、昭和五六年一月一日から、そのころ購入したレターケース(甲第四七号証、以下「本件レターケース」という。)の引き出しに、右事業に関する領収書・請求書・納品書・受領書・交通費に関するメモをその都度入れて保管し、月末又は月初めにこれを取り出して整理し、交通費については交通費ノート(以下「本件交通費ノート」という。)に、売上及びその余の経費については売上ノート(以下「本件売上ノート」という。)に記帳していた。さらに、一年経過すると、その年分の領収書等を纏めて綴じて保存していた。そして、本件訴訟においては、これらの領収書等を合計したものを経費として主張し、証拠として提出しており、被控訴人の経費に関する主張には間違いがない。被控訴人の一九九〇年一〇月一日付の証拠説明書(以下「本件証拠説明書」という。)、出金伝票による経費の説明書(甲第六五号証の一、二)及び年月日等の記載のない領収書等の説明書(甲第七四号証)は、いずれも本件売上ノートを基にして作成した。」旨供述し、自らの主張する売上金額及び経費額の正当性の根拠としていた。

しかしながら、本件レターケースが昭和五六年一月一日から存在したという客観的証拠はなく、被控訴人がそのように供述しているにすぎない。

また、被控訴人は、前記提出命令にもかかわらず、「本件売上ノートは何時かは判らないが紛失した。右売上ノートには、売上、交通費及びその余の経費を全て記入していた。民主商工会の人に相談したところ、簿記上の項目毎に纏めた帳簿を作成するように指導されたので、本件各係争年分の確定申告をする際に、項目毎にまとめるために、右売上ノートを基に元帳(甲第八一、第八三、第八五号証、以下「本件元帳」という。)を作成し、さらに右元帳を基にして本件証拠説明書を作った。」旨弁解し、本件売上ノートを提出しない。しかしながら、右弁解は、(一)前記の供述内容とは著しく異なるものであるうえ、被控訴人が売上及び経費を記帳したと主張する本件売上ノートは、税金の申告・調査に関して重要な資料であると考えられるものであるから、これを何時とは判らず紛失したとは到底考え難いこと、(二)昭和五六年分の確定申告の際から項目毎に纏めた帳簿を作成するように指導されたため本件元帳を作成したというのであれば、昭和五七年、昭和五八年分については、それに従って売上ノートを作成すれば足りるのに、昭和五六年分と同様の売上ノートを作成したうえ、更にこれをもとにして本件元帳を作成したとするのは不自然であること、(三)昭和五六年一一月二四日付の新宿ルミネ五階の「PACER」発行の九八〇〇円のレシート(甲第五号証の一〇の〈6〉)分については、同年分の元帳(甲第八一号証)の同日の欄にその旨の記載はなく、一か月前の一〇月二四日の欄に「作業服九八〇〇円」と、昭和五七年一二月二六日付の東急東横店の一一六〇円と三五〇〇円の二枚のレシート(甲第二二号証の一二の〈9〉)分については、同年分の元帳(甲第八三号証)には記載がなく、昭和五八年分の元帳(甲第八五号証)の同日の欄に「お客様へ一一六〇円」「歳暮三五〇〇円」と、昭和五六年一月二三日に一万二六五〇円を支出したとするお食事処初藤発行の公給領収書(甲第五号証の一の〈4〉)の用紙は同年三月六日に、同月一〇日に一万二三二〇円を支出したとする同初藤発行の公給領収書(甲第五号証の三の〈2〉)の用紙は同年九月九日にいずれも東京都主税局課税部間税課から各都税事務所に送付されたもの(乙第二一号証)であり、右各領収書に記載された発行日付にその領収書を受領することは不可能であるのに、昭和五六年分の元帳(甲第八一号証)の一月二三日の欄に「接待一万二六五〇円」と、三月一〇日の欄に「接待一万二三二〇円」と、伊勢丹発行の甲第一三号証の一一の〈10〉のレシート(昭和五七年一一月二一日付、九八〇〇円)及び同第二二号証の一の〈12〉のレシート(昭和五八年一月二九日付、七四〇〇円)の売場では座布団を、同第二二号証の一〇の〈6〉のレシート(昭和五八年一〇月一一日付、五九〇〇円)の売場では椅子カバーをいずれも取り扱っていない(乙第二〇号証)のに、本件元帳(甲第八三、第八五号証)のこれに対応する欄の摘要には、「座布団」「椅子カバー」と各記載されているところ、本件元帳が、被控訴人主張のとおり、本件レターケースにその都度入れて保管されていた領収書等を月末ないしは月初めに整理し、記帳した本件売上ノートに基づいて作成されたというのであれば、右のような誤りは到底起こり得ないと考えられることなどからして、そのまま信用することはできない。

以上のような事実からすると、被控訴人の事業に関する領収書等の保存状況及びこれに基づく帳簿の作成に関する前記供述はそのまま措信することはできず、被控訴人は、本件売上ノートがもともと存在しないため提出出来ないか、又は右ノートには被控訴人にとって不利益な売上及び経費に関する記載がなされているため、これを提出しないかのいずれかであると推認せざるを得ない。

また、被控訴人は、現金出納帳は記載していないと供述するが(当審)、被控訴人のような事業を営む者が売上や経費についてノートに記帳していたと供述しながら、現金の管理につき最も基本的な現金出納帳さえ記帳しないということは甚だ不自然で奇異の感を免れず、右供述はとうてい信用し難い。他方被控訴人は、レシート、上様領収書、出金伝票等支払者又は支払の相手方が明らかでない多数の書証を実額の証拠として提出しているが、これらの書証はそれ自体被控訴人の支出を証明できるものではなく、現金出納帳等会計帳簿の記載とあいまってその支出の事実が確認される性質のものであることはいうまでもない。したがって、前認定の本件の事情のもとでは、被控訴人の供述のみから右レシート等によって経費の支出を認めることは相当でない。

以下、被控訴人の供述の信用性が以上のようなものであることを前提に個別的問題について検討することにする。

3  売上金額について

(一)  被控訴人は、前記のとおり、控訴人主張の売上金額をそのまま認めたうえ(被控訴人は、国税不服審判所に審査請求の際提出した本件元帳は、本件係争各年分の確定申告に際して、本件売上ノートに基づいて作成したものであり、右元帳に記載されている売上金額が本件係争各年分の全ての売上金額であると主張している。)、実額による必要経費の主張をしているが、前記のとおり、右売上金額は、被控訴人が調査に協力しなかったため、帳簿等によって実額による売上金額及び売上原価等を捕捉することができず、反面調査等により認定したものにすぎないから、右以外に把握できなかった売上が存在することが十分予測されるところである。他方、被控訴人は、売上が自らの領域に属する事柄であることからして、右売上金額が全ての売上金額であることを立証することは容易であるということができる。

ところで、被控訴人は、売上金額を立証する証拠として請求書控(甲第七九、第八〇号証)及び本件元帳(甲第八一、第八三、第八五号証(乙第一六号証の一ないし三はその一部))を提出するが、右請求書控は本件係争年分の極一部にすぎないうえ、そのうちの昭和五八年三月分に該当する部分に二か所破った箇所が存在すること、本件元帳については、前記のようにその作成の経緯に関する被控訴人の供述は信用し難く、したがって、その記載の信用性に疑問があることからして、全ての売上金額を立証するに足る客観的な資料と認めることはできないし、他に売上金額の立証のため取引の実態を正確に記帳したと認められる現金出納帳等の会計帳簿等の資料を提出していないから、売上金額の全額についての立証がなされたものとは認め難い。

のみならず、以下の点につき売上除外の疑いがある。

(二)  昭和五八年三月の有限会社アポロプリント工業(以下「アポロプリント」という。)に対する売上金四万五〇〇〇円が除外されている疑いがある。

証拠(甲第八一、第八三、第八五号証、乙第一六号証の一ないし三、第二二号証の一ないし五、第二三号証、被控訴人の本人尋問の結果(原審第一回)及び弁論の全趣旨)によれば、被控訴人は、写真植字業を始めたころからアポロプリントとは取引があり、同社は、被控訴人の印刷についての外注先であると同時に、写真植字の仕事を依頼してくる先でもあったこと、被控訴人は、アポロプリントに対し、本件係争各年分を通じてほぼ継続して印刷を外注しており、また、昭和五六年一月から昭和五七年一一月までほぼ継続して同会社から写植の仕事の依頼を受けていたこと、アポロプリントは、昭和五八年五月三〇日に昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日までの事業年度の確定申告をなしたが、その申告書には、被控訴人に対する期末買掛金四万五〇〇〇円が存在すると記載されていること、アポロプリントの代表者は、平成四年六月一一日大蔵事務官に対して、右確定申告書記載のとおり、被控訴人に対し買掛金があり、右買掛金は昭和五八年三月の取引によって発生したものであると説明していること、アポロプリントは、被控訴人に対し、買掛金の支払を現金でしていたことが認められる。

右認定の事実からすると、アポロプリントに対する昭和五八年三月の売上金が除外されている疑いがあるというべきである(この点について、被控訴人は、アポロプリントの前記確定申告書の期末買掛金四万五〇〇〇円の記載は何らかの錯誤による誤りと思われると弁解するが、到底肯首し難い。)。

なお、被控訴人は、アポロプリントに対する右売掛金が存在しないことを立証するため、昭和五八年一月二〇日から同年四月九日までの請求書控(甲第七九、第八〇号証)を提出するところ、右証拠中にはアポロプリントに対する請求書控は存在しないが、前記のとおり、同年三月分に該当する部分に二か所破った箇所が存在することに照らすと、右売掛金の存在を否定するに足りないものというべきである。

(三)  宮本清名義の昭和五七年七月一日の一二万八〇〇〇円の送金が売上除外されている疑いがある。

証拠(乙第一七号証、被控訴人の本人尋問の結果(原審第一、二回)及び弁論の全趣旨)によれば、被控訴人は、東京農大短期学部在学中から生協活動に参加し、同大学を卒業後も、一時同大学生協に勤務していたこともあって、同生協の上司であった宮本(同生協の常務理事兼経理課長)と親しく付き合いをするようになり、アクト企画を始めるにあたって、前記マンションを借り受けるにつき保証人になってもらったこと、右のような経緯から、同生協は、被控訴人が開業以来、最も大口の取引先であったこと、昭和五七年七月一日宮本清名義で、株式会社住友銀行新宿東口支店の被控訴人の普通預金口座に、一二万八〇〇〇円が振り込まれていること、右のとおり、宮本は同生協の経理の責任者であったことから、その名前で同生協のアクト企画に対する代金を振り込んだ可能性もあることが認められるところ、被控訴人において、右一二万八〇〇〇円の送金がいかなる理由によるものであるかを明らかにすることは容易であると考えられるのに、被控訴人は、何故にか、思い出せないと供述するのみであって、合理的弁解をなさない。

右事実からすると、右振込金が、被控訴人の東京農大生協に対する売上金の一部であり、これが前記売上金額から除外されている疑いがあるものというべきである。

(四)  以上のとおりであるから、被控訴人は、自ら主張する売上金額(実額)が被控訴人の当該係争各年分の全ての取引から生じた売上金額(真実の額)に合致することを合理的疑いをいれない程度に立証したものと認めることはできない。

4  経費について

(一)  材料費

(1) 証拠(甲第一、第九及び第一八号証の各証、第五七ないし第五九号証の各証、被控訴人の本人尋問の結果(原審第一回)及び弁論の全趣旨)によれば、被控訴人は、事業に関する材料費(写植の文字板、版下等の作成に必要な材料等)として、昭和五六年分については四九万六四八〇円、昭和五七年分については一〇九万二〇九〇円、昭和五八年分については一五六万一六六〇円を各支出したことが認められる。

(2) 被控訴人は、右において認定したもの以外にも材料費を支出したとしてレシート(甲第一、第九及び第一八号証の各証)を提出しているが(昭和五六年分二六万四二九八円、昭和五七年分二四万九八三五円、昭和五八年分二九万〇六九五円)、前記のとおり、被控訴人の事業上の支出に係る領収書、レシート及び出金伝票等の保存状況及びこれに基づく帳簿の作成に関する供述は信用することができないから、右レシートをもって、その支出の裏付けとすることはできず、これを認めることはできない。

(二)  水道光熱費

証拠(甲第三、第一一及び第二〇号証の各証、第二七号証、第六〇ないし第六三号証、第六四号証の各証、被控訴人の本人尋問の結果(原審第一回)及び弁論の全趣旨)によれば、被控訴人は、自宅兼事業所として使用していた本件マンションの水道光熱費として、昭和五六年分については二四万八七四四円、昭和五七年分については二四万二三九〇円、昭和五八年分については二五万四二〇二円を各支出したことが認められる。

本件マンションの事業使用割合は前記のとおり五〇パーセントとするのが相当であるから、被控訴人の事業の経費として認められる水道光熱費の額は、昭和五六年分については一二万四三七二円、昭和五七年分については一二万一一九五円、昭和五八年分については一二万七一〇一円となる。

(三)  電話料

証拠(甲第四、第一二及び第二一号証の各証、第六〇号証、被控訴人の本人尋問の結果(原審第一回)及び弁論の全趣旨)によれば、被控訴人は、自宅兼事業所として使用していた本件マンションの電話料として、昭和五六年分については八万六六八〇円、昭和五七年分については九万三五一〇円、昭和五八年分については八万四五二〇円を支出したことが認められる。

本件マンションの事業使用割合は前記のとおり五〇パーセントとするのが相当であるから、被控訴人の事業の経費として認められる電話料の額は、昭和五六年分については四万三三四〇円、昭和五七年分については四万六七五五円、昭和五八年分については四万二二六〇円となる。

(四)  交通費

被控訴人は、交通費に関する証拠として交通費ノート(甲第二、第一〇及び第一九号証の各証)を提出している。しかしながら、前記のとおり、被控訴人は、当初、昭和五六年一月から交通費については支出の都度、日時・行き先・金額を記載した交通費のメモを作成して、本件レターケースの引き出しに入れて保管し、毎月末ないし月初めにこれらを取り出して整理したうえ、本件交通費ノートに記帳していたと供述していたが、その後、右ノート原本の表紙の左下に刻印されているロットナンバー等からして、右ノートは昭和五七年九月以降に製造されたものであることが判明し(乙第三七号証)、昭和五六年及び五七年分のノートは、被控訴人の供述する時期には作成することは不可能となることが判明すると、交通費についても、昭和五六年一月から昭和五八年二月までは、売上や経費を毎月記載していた本件売上ノートに一緒に記帳し、右ノートから昭和五七年分の確定申告の時期に昭和五六年と昭和五七年分を纏めて交通費ノートに書き写し、昭和五八年三月以降は右交通費ノートに直接記載したと供述(当審第九回口頭弁論期日)を大きく変遷させるに至っていることからして、被控訴人の交通費メモの作成・保管状況及び交通費ノートの記帳に関する供述はにわかに措信できず、前記交通費ノートの記載をそのまま信用することはできない。また、被控訴人は、前記交通費のメモも提出せず、提出されたタクシーの領収書も数は少なく、行先及び宛先のないものであるうえ、年度の不明なものもあること等からして、被控訴人の主張には、客観的な帳簿等による裏付けを欠くものというべきである。

したがって、被控訴人の交通費についての実額の主張は認め難い。

(五)  会費

証拠(甲第一七及び第二六号証の各証、第二七号証、被控訴人の本人尋問の結果(原審第一回)及び弁論の全趣旨)によれば、被控訴人は、事業の関係で加入している新宿民主商工会の会費として、昭和五七年分については二万八一〇〇円を、昭和五八年分については三万円を各支出したことが認められる。

右事実によれば、右会費は、被控訴人の事業に関する経費と認めることができる。

(六)  雑費

(1) 被控訴人が、本件係争各年分の経費として主張する雑費は、従業員の茶菓子代等の福利厚生費、取引先との打合せや接待等のための喫茶代や食事代、顧客先への御中元及び御歳暮代、写植の参考資料として利用するための新聞代、写植作業のための作業服代等に要した費用であるところ、右支出については、被控訴人が、昭和五六年分の支出額として主張する一〇二万三五五七円についてはそのうち八六万二〇五七円(一二月六日に支出されたとする三万七五〇〇円及び同月一五日に支出されたとする一二万四〇〇〇円については、いずれもその支出を裏付ける領収書等がないから、これを認めることはできない。)について、昭和五七年分の支出額として主張する一一四万一九八三円についてはそのうち一一二万四六二〇円(三月二三日に支出されたとする九八八円、六月三〇日に支出されたとする二万円については、いずれもその支出を裏付ける領収書等がなく、また、四月一日に支出したとする四八〇円については、その支出を証する証拠として提出された甲第一三号証の四の〈1〉の領収書を作成した年が昭和五二年となっているため、その支出を認めることはできない。他方、これとは別に、三月四日に七〇五円が支出されたとする甲第一三号証の三の〈12〉が、七月三一日に六〇〇円が支出されたとする甲第一三号証の七の〈8〉が、四月二九日に被控訴人主張額を一九〇〇円上回る支出があったとする甲第一三号証の四の〈8〉が、一二月三〇日に被控訴人主張額を九〇〇円上回る支出があったとする甲第一三号証の一二の〈16〉が存在するので、差引計算すると、右の金額になる。)について、昭和五八年分の支出額として主張する一二四万七四二〇円についてはその全額について、一応その支出を証するような内容を有する出金伝票、領収書、レシート等が提出されている。

(2) しかしながら、被控訴人は、右雑費に関する証拠として、多数の出金伝票、宛先を上様とする領収書(宛先の記載のないものも含む。以下同じ。)及びレシート(甲第五、第一三及び第二二号証の各証、その合計額は、昭和五六年分については五四万六七六七円、昭和五七年分については八三万二〇九〇円、昭和五八年分については九八万〇〇六〇円)を提出しているが、前記のとおり、被控訴人の事業上の支出に係る領収書、レシート及び出金伝票等の保管状況及びこれに基づく帳簿の作成に関する供述は信用することができないうえ、これらの書類自体からは被控訴人の事業上の支払に関するものであるか否かを確認できないから、右出金伝票(当審では、出金の都度ではなく、確定申告の際出金伝票を作成したとさえ供述している。)、宛先を上様とする領収書及びレシートをもって、その支出の裏付けとすることはできない。

(3) 雑費を立証するため提出されたレシート中には、本件証拠説明書で作業服購入の際のものと説明されているのに、現実には靴(甲第二二号証の七の〈10〉)やブラウス(甲第二二号証の三の〈5〉、〈6〉)を購入した際のものと認められるものが含まれていること(乙第三九号証、第四六号証)、前記のとおり、本件元帳の記載と符号しないものもあること、また、領収書等の記載内容からみて、被控訴人の事業に要した費用に関するものか、家事上の経費に関するものか明確でないものが多数含まれていることなどからして、被控訴人主張の雑費中には、被控訴人の事業と関連のない支出が含まれている疑いがある。

(4) 更に、宛先をアクト企画とする領収書等も、前記のとおり、被控訴人の事業上の支出に係る領収書等の保管状況等に関する供述は信用することができないから、その主張の経費の支出を客観的に裏付けるものということはできない。

(5) したがって、被控訴人の雑費についての実額による主張は認め難い。

(七)  減価償却費

被控訴人は、本件係争各年分の経費である減価償却費として、被控訴人の保有する写植機械と文字盤の減価償却費及び写植機械の運搬費、事務所の賃借の礼金等の開業費用の繰延償却費を主張している。

証拠(甲第二七、第六六、第六七号証、被控訴人の本人尋問の結果(原審第二回))によれば、被控訴人は、昭和五三年六月に写植機械のパボ八型を代金二三八万一三七五円で購入したこと、右機械の耐用年数を八年として本件係争各年分の減価償却額を計算すると、その金額は各二九万七六七一円(円以下切捨て)となることが認められる。

しかし、その余の減価償却資産の購入費および開業費については、その支出の事実を証する領収書等が証拠として提出されていないから、これらの経費を支出したとする被控訴人本人の尋問の結果(原審第二回)のみで、右金額の支出を認めるのは相当ではない。

右事実によれば、被控訴人の事業の経費である減価償却費は、昭和五六年分ないし昭和五八年分について、各二九万七六七一円となる。

(八)  人件費

(1) 被控訴人が本件各係争年分の経費として主張する人件費は、被控訴人がその事業のために雇用していた城谷玲子及び武田に対して支給した給与である。

(2) 城谷の給与

証拠(甲第六、第一四及び第二三号証の各証、第二七号証、乙第一四、第一五号証、被控訴人の本人尋問の結果(原審第一回・当審)及び弁論の全趣旨)によれば、被控訴人は、昭和五五年九月ころから昭和五七年二月まで城谷玲子をアクト企画の従業員として雇用し、給与として、昭和五六年分については一二九万九九二〇円を、昭和五七年分については二六万九六〇〇円を各支払ったことが認められる。

(3) 武田の給与

証拠(被控訴人の本人尋問の結果(原審第一回)及び弁論の全趣旨)によれば、被控訴人は、昭和五六年一月から武田をアクト企画の従業員として雇用していたことが認められるところ、被控訴人は、武田に対し、給与として、昭和五六年分については一〇二万円、昭和五七年分については一六九万五七〇〇円、昭和五八年分については二二五万六二〇〇円を各支払ったと主張し、これを裏付ける証拠として甲第六、第一四及び第二三号証の各証を提出している(乙第一五号証)。しかしながら、被控訴人は、国税不服審判所に対しては、右領収書記載の金額より低い金額の領収書(乙第八号証、昭和五六年分については六七万五〇〇〇円、昭和五七年分については七五万円、昭和五八年分については七四万五〇〇〇円)を提出(ほかに福田、双木及び加藤名義の虚偽の領収書を提出している。)していたこと(乙第一四号証)及び被控訴人と武田は姉妹の関係にあるから、右のような領収書を自由に作成することが可能であることに照らし、右甲第六、第一四及び第二三号証の各証の記載をそのまま信用することはできない。また、他に、武田に対し、現実に支給された給与額について、賃金台帳等のこれを裏付ける客観的証拠も存在しないから、これを確定し難いものというべきである。

なお、この点について、被控訴人は、本訴において提出した領収書は、給与の支払の都度、審判所に提出した領収書は一年分を纏めて各作成してもらったものであり、審判所に提出した福田、双木及び加藤の虚偽の領収書は、姉に支払った給与のうち配偶者控除を超える分についてのものである旨供述(甲第五六号証、被控訴人の本人尋問の結果(原審第二回))し、これに符号する武田の陳述も存在するが(甲第五五号証)、審判所へ提出された武田、福田、双木及び加藤の領収書の合計額と本訴において提出された武田の領収書の額が一致しないことのほか、前記のとおり、賃金台帳等他に右主張を裏付けるに足る証拠はないから、右弁解をそのまま信用することはできない。

(4) したがって、被控訴人の人件費について城谷以外の実額の主張は認め難い。

(九)  外注費

証拠(甲第七、第一三及び第二四号証の各証、被控訴人の本人尋問の結果(原審第一回)及び弁論の全趣旨)によれば、被控訴人は、外注費(顧客から受注した仕事のうち、主として印刷、製版等の作業を外注した経費)として、昭和五六年分については二九三万三一五八円(甲第七号証の七の〈2〉は郵便切手類うりさばき証明書であって、外注費の支出の裏付けとしては不十分であるから、これを認めることはできない。)、昭和五七年分については二八七万三四五一円(甲第一五号証の一の〈2〉の領収書は領収者として石川と記載されているだけであるほか、宛先の記載もないから、外注費の支出の裏付けとしては不十分であり、これを認めることはできない。)、昭和五八年分については三〇四万六七五〇円を各支出したことが認められる。

(一〇)  家賃

本件マンションの家賃のうち被控訴人の事業の経費として認められる額は、前記のとおり、昭和五六年分については四五万三〇〇〇円、昭和五七年分については五三万一三〇〇円、昭和五八年分については五一万三二〇〇円である。

(一一)  貸倒金

所得税法五一条二項により売掛債権の貸倒れによって生じた損失を必要経費に算入するためには、当該年度中に弁済期が到来している債権につき、債務者の倒産、所在不明等の事情が生じ、債権の回収の見込みがないことが客観的に確実になったことを要するものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、証拠(甲第四九号証、被控訴人の本人尋問の結果(原審第二回)及び弁論の全趣旨)によれば、被控訴人は東京アート印刷こと早野和美に対し、昭和五六年分の未収金として一〇万七七〇〇円の売掛債権を有していたこと、東京アート印刷は、マンションの管理人に対し、昭和五九年二月ころまで賃料の支払いをしていたが、その後所在不明となったことが認められる。

右事実によれば、東京アート印刷が所在不明となり右売掛金の回収の見込みがないことが客観的に確実となったのは、昭和五九年以降であるというべきであるから、右一〇万七七〇〇円の売掛金を貸倒金として昭和五八年分の必要経費に算入することはできない。

5  まとめ

以上のとおり、被控訴人は、売上金額(実額)の立証が不十分であるから、被控訴人の実額反証の主張は、既にこの点において失当であるが、仮に売上金額が控訴人主張額を上回らないと仮定しても、実額による経費額を前提として計算した被控訴人の本件各係争年分の所得の額は、控訴人主張の推計による経費額を前提として計算した所得金額を上回ることが明らかであるから、いずれにしても被控訴人による実額反証によって、前記推計を覆すことができないことは明らかである。

四  結論

以上のとおり、被控訴人の本訴請求は理由がないから、失当として棄却されるべきである。よって、原判決のうちこれと異なる部分を取消したうえ、取消しにかかる部分の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 時岡泰 大谷正治 小野剛)

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